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キリスト教カトリック @ ボルネオ島サバ州

マレーシアボルネオ島サバ州の宗教、キリスト教カトリックについてです。イギリス人宣教師によってサバ州にもたらされました。

キリスト教について

キリスト教と一口に言っても、現地で信仰されているのは、大きく、ローマン・カトリック(カトリック)とプロテスタント、それにプロテスタントの一派ながら、より戒律が厳しい原理主義宗派に分かれる。


キリスト教カトリック

サバ州にはカトリックが多い

サバ州の土着民族の30%を占めるカダザン・ドゥスン族のほとんどが属しており、山地の狩猟・採集民族だったムルット族、それに中国系の一部も奉じている。


イギリス人によってもたらされた

この宗教が定着したのは、イギリスが進出してきた19世紀末頃からのようである。当時、白人の進出によって先住民社会が動揺し、山奥の民族が集団ヒステリー状態になってイギリス軍に対して反乱を起こしたり、同民族の隣村同士で首狩り競争が頻発したりしたことは、「サバ州の民族」の中で述べた通りである。

この騒動は、イギリスのカトリック宣教師が努力して止めさせたらしく、各民族毎の対立を終わらせるために、各民族がそれぞれの産品、山奥の狩猟・採集民は鳥獣の肉や岩塩、内地の耕作民は米や野菜、漁業民は海産物などを持ち寄って交易する「タム Tamu(元々は客を意味する)」という場を設定して、各民族間の融和を図ったという話を聞いているが、タムの発生はそれ以前からあったはずだと思っている筆者は、その説を疑っている。ともかく、カトリック信仰が、イギリス人によってもたらされたことは確かなようだ。

イギリスは「英国国教会」または「聖公会」、英語でアングリカン Anglican という、16世紀にローマン・カトリックから分離したプロテスタントの宗派の信者が多い国なのだが、この宗派は当時の国王ヘンリー8世が、王妃との離婚を認めないヴァティカンと対立して、ローマ法王を頂点とするカトリックの体系を、イギリス国王を頂点とする信仰体系に変えただけの話であり、教義や礼拝様式は、カトリックとそんなに変わるものではない。アンティ・カトリックということで、プロテスタントに分類されているだけだ。


カトリックの歴史

スペインやポルトガルなどのカトリック諸国は、各地の、特に南米地方で先住民をカトリックに改宗させ、その後に先住民やその土地を国王の所有物として奴隷労働にこき使うという方式で植民地を拡大し、いわば宣教師は侵略の尖兵として使われた。この話は長くなるので、興味のある向きは、バルトロメ・デ・ラスカサスの「インディアスの破壊についての簡潔な報告」(岩波文庫)を読まれるといい。

これに対して、イギリスやオランダなどのプロテスタント諸国は、宗教とビジネスは別と割り切っていたので、日本でもオランダは西洋諸国では唯一、鎖国体制の例外だった。それまで良好な関係を保っていたスペインとポルトガルとの関係が切れたのは、スペインが日本の信者を多数フィリピンのマニラ、ポルトガルはマカオに連行して奴隷労働をさせていたという事実があったからであり、それを知った豊臣秀吉が、キリシタン禁令を発令したものだった。ともあれ、サバ州では、イギリス人によるカトリック布教に当たって、新大陸のような血生臭い殺戮と大虐殺を伴ってはいないのは幸いだった。


パプアニューギニアの話

実は筆者の妻もカトリック信者で、筆者は結婚式をカトリックの教会で挙げたものだったが、その時には結婚の条件として、カトリック入信と禁煙を行うつもりでいた(現在に至るまで、どちらも実行していない)。カトリック入信を最終的に拒絶した契機は、前のローマ法王ヨハネ・パウロ2世が1980年代半ば頃に、パプア・ニューギニアを訪問した時の写真が載った新聞を読んだ時だった。

防弾ガラスに囲まれた神輿を、数人のペニス・ケースを嵌めただけの現地人が担いで行進していたのだが、こういう未開の人たちにも受け入れられる教義を、自分もまた魂から信じる気には到底なれなかったからだ。筆者は決して未開民族を軽蔑するものではなく、未開民族のアニミズムに魅力を感じてさえいるのだが、同時に未開の人たちの世界観の狭さや抽象能力の低さもよく理解しており(要するに、話が身辺雑事に限られて退屈なのだ)、彼らと同列に同じ教義を奉じ、人生を捧げる気にはなれないのだ。


カトリックの変容

元々、明治以降に日本に入ってきたキリスト教は、2000年近くのいろいろな宗教論議や争いを経て、教義が非常に論理的になった、いわば呪術的な夾雑物を取り除いた上澄み部分が入ってきたので、日本人はキリスト教が清浄な宗教であるかのように誤解しているが、原始キリスト教が残っているシリアやトルコなどの現状を見ると、元々の教義というのは非常に呪術的な性格が強いことを、立花隆が何かの本に書いていた。

ともあれ、後述するイスラム教の項目でも触れるが、仏教が日本に入ってきてから日本流に換骨奪胎されて、元々の教義とは似ても似つかぬ教えに変質したように、カトリックもまた、サバ流に変質しつつある。わかりやすく言うと、カトリックにおける人間存在や人生の意義、この世の根源などについての哲学や根本教義などはどうでもよく、利己的な動機の祈りを聞いてくれ、この世の終わりの最後の審判で救ってくれて天国に行けるように選別してくれる力を持った存在として、イエス・キリストを捉えているのだ。

著者:三好良一


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更新:2015年09月28日|公開:2009年10月26日|カテゴリ:宗教

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