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インドネシアでのイスラム教体験|アニミズムの影響

インドネシアは世界最大のイスラム教国で人口の90%もいますが、昔からのアミニズムの影響で世界一戒律にルーズな国でもあります。

インドネシアでのイスラム教体験

世界最大のイスラム教国

西マレーシアのケランタン州に来る前は、1999~95年までインドネシアに2年間いたが、このインドネシアは人口の90%がムスリムで世界最大のイスラム教国である。しかし、その反面、世界一戒律にルーズなイスラム教国でもある。イスラム教発祥の地のサウディ・アラビアからの距離に比例しているのだろうか。

マレーシアのムスリムも実際は、ケランタン州は例外として、全般的にかなりルーズであり、1950~60年代のマレーシアの映画やテレビ・ドラマを見ると、その頃のムスリム男性は平気で酒やビールを呷り、ムスリム女性たちはスカーフなど被っておらず、肩をもろ出しにしたノン・スリーヴのブラウスに、膝頭が見えるスカートを平然と着用していた。


イラン革命後ルーズでなくなった

マレーシアのムスリムが、現在のように1日5回まで行かずとも、少なくとも1日1回程度にはきちんとお祈りをし、断食もある程度守るようになったのは、1979年のイラン革命の影響が大きい。あの革命は、西洋の近代合理主義に反発してイスラム教の精神主義を復活させようとするイスラム原理主義が、イランの事情に応じて結実したものだが、イスラム原理主義自体はそれ以前からもイスラム教諸国に燻っていた。

それが、イラン革命の成功、同年12月のソ連によるアフガニスタン侵攻によって、イスラム教原理主義が高揚し、イスラム教各国の指導者や知識人が、イスラム原理主義過激派のような急進的かつ暴力的な方法によらず、穏健な方法でイスラム教の精神主義の復興を実現させようと呼びかけて運動したために、それぞれの国の民衆レベルで戒律が守られるようになったのだ。それでも、その運動がインドネシアに根付くのには時間がかかった。


幽霊や呪いを信じるインドネシア

人口の90%がムスリムのインドネシアでは、ムスリム男性はムスリム帽を被って、ごく一部ながら女性はスカーフを被り、冠婚葬祭やスナッグ Sunag(男の子が10歳くらいになると、陰茎の先の包皮を切り取られる通過儀礼)などの行事はイスラム式で行っているだが、その一方で古い迷信が根強く残っている。

本来のイスラム教の教義では存在しないはずの幽霊や呪いの存在が広く信じられていたし、特に農村では、病気になると医者よりも呪術師(インドネシアでもマレーシアでもボモー Bomoh と呼ばれる)に頼る。そういうわけで、筆者には、インドネシアのムスリムには、イスラム教という衣装の下に、昔から信じられてきた信仰を隠しているのが透けて見えたものだった。


アニミズムの影響が残っている

インドネシアにイスラム教が伝来する前は、中部ジャワのボロブドゥール Borobudur 遺跡を残した仏教が優勢だったが、その前は、そのボロブドゥールの隣にあるプランバナン Prambanan 遺跡や、宇宙ロケットのようなリンガ(シヴァ神を象徴する、男性器の形をした彫像)像の存在で知る人ぞ知る、ラオ山のスク寺院などを残したヒンドゥー Hindu 教を奉じていた。そして、それらの宗教がインドから伝わる以前から信じられてきたのが、ケバティナン Kebatinan と呼ばれるアニミズムだった。

インドネシアのムスリムは、実際にはまだこのケバティナンの影響下にあるのだということを、いろいろな生活の局面で気付かされたことだった。このケバティナンは、自然のあらゆる事物の中に信仰対象としての精霊を崇める信仰なのだが、こういう信仰のあり方は、日本の古代神道やアイルランドに残るケルト族、マレー半島の先住民オラン・アスリ、オーストラリアの先住民アボリジン、南北アメリカの先住民など、世界中の先住民の原始信仰に共通する点が多い。

著者:三好良一


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更新:2015年09月28日|公開:2009年11月02日|カテゴリ:宗教

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